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2014.03.19 Wed
ビジュアルは言語 「メイクが営業ツールなわけ」

記念すべき第1回目、前回のコラムでは、
『今の時代、第一印象って、“もうスルーできないくらい”大事だよ』
という内容で書きました。

今回はちょっとメイク寄りなハナシ。

結論めいた言い方になるが、メイク(化粧)ってそもそも、 仕事とか、恋愛とか、女性のライフスタイルを分別して捉えるものではなく、 女の人生を、まるっと左右しちゃう

「営業ツール」

なんじゃないかと。

仕事でも、恋愛でも、要は“自分という商品”を手にとってもらわないと、 何も始まらない訳で…自分が“商品の中身”であるとすれば、メイクや ファッションは、いわゆる“パッケージデザイン”。

よく「人は中身で勝負!」なんて聞くが、手に取ってもらえなければ、そもそも中身を味わうことは不可能なのだ。

中身で勝負したいのであれば、なおさら、その中身をアウトプットしなければならない。

この考えは、私が美容の仕事を始めてからずーっと変わらない、 私にとっての“メイクそもそも論”。


しかし、私が考える“メイクは営業ツール”理論を、正確に、みなさんに 感じてもらうためには、「きちんとした説明」が必要となる。


よく、雑誌の取材や企画で、“メイクは営業ツール”において説明を求められる。

みなさん、何かを“自分”に置き換えようとすると、とたんに難しいモノへと変化するらしい。
自分を客観視できれば、案外とラクに意味を理解できるのだが、「客観的に自分を見ましょうヨ」と、さらっと言われたところで、コレまた難しい(し、そもそも面白くない)。

では、人生そのものが一般公開されてしまう、セレブを例に見て、 なぜ“メイクは営業ツール”なのかを考えてみるのはいかがだろう?

彼女たちほど、自分を商品化し、ビジュアルでイメージを固め、“顔”を完璧な“営業ツール”にしている人種が他にいるだろうか…。


例えばアンジー(アンジェリーナ・ジョリー)。ブラピ(ブラッド・ピッド)と6人の子どもを育てながら、私費で世界平和に貢献する国際女優。

“強くて、しかし、もっともセクシーでゴージャスな女”であり、あのハチャメチャなハリウッドに「自分の手で養子を育てる」という、唯一まともで、最も賞賛に値する流行を創り出したクレバーな女性でもある。


これが、今、私たちの彼女に対するイメージだ。


だが、ちょうど映画『17歳のカルテ』(1999年公開)でアカデミー賞(助演女優賞)を獲得したあたりの彼女は、まるで別人。

ドラックとセックスと、ちょっぴりバイオレンス(暴力)な香りの漂う、かーなーりの個性派女優。
メイクもブラック&グレーという「どうやったら、そうなるのさ?」と思わず、ツッコミたくなるギリ“個性的だね”レベル。

※当時のオトコもまた、変わったのと付合ってたな…と思ってしまう、今とは真逆のポジションにいらっしゃった。


しかし、どこかで彼女は心機一転!
新しい自分に生まれ変わるべく、そして世の中のイメージを一掃すべく、言動はもちろん“顔”を含めたすべてを変えた。

また我々は我々でいつの間にか「今のアンジー」を「昔から変わらないアンジー」として見てしまう。

私たちは、彼女がいつ劇的な変化を遂げたのかを説明できないのである。変な言い方だが、まんまとしてやられた、のだ。


ここで、注目すべきはファッションやヘアスタイルをいくら変えても、顔が変わっていなければ“人間の雰囲気”を変えることは不可能という点。

品格やら、女の上等感は顔でしか表現できない。
もっと言うと「顔と肌質」というゴールデンコンビから人格イメージは作られるので、ここさえ押さえておけば、(いい意味で)世間をあざむくコトも可能なのである。

こうやって、見事に顔を“営業ツール”に活用したアンジーは、飛躍的に自分という商品を格上げした。

うなるようなギャラを手にし、さらに、ブラピというスケールのでか過ぎる美しいメンズを「略奪」しても、世間という非常に難しい相手から賞賛される女優へと転身したのである。


話が広がりすぎたが、ハリウッドで生きていない私たちだって、同様なのである。

いつ変わるか?が問題ではなく(今でしょ!)、顔をメイクで変化させる目的が大事。

メイクで“どんな自分”に近づきたいかを考えることは、結果、アンジェリーナ•ジョリーが手にしたサクセスと一緒!
とまではいかないにしても、今よりは少し、幸せになるためのツールなのだ。

恋愛で、仕事で迷ったら明日から、メイクを変えてみるのは如何だろう?