知識人と美容師を繋ぐソーシャルウェブマガジン

美歴マガジン記事一覧 » 『時代によって価値は変わる 〜戦後から現代に至る価値変遷を自分勝手に書いてみた〜』
2014.06.28 Sat
『時代によって価値は変わる 〜戦後から現代に至る価値変遷を自分勝手に書いてみた〜』
みなさん、こんにちは。
Bireki Magazine編集部 石渡です。
いつも購読頂きまして、ありがとうございます。
今日は、超長文です。でも、チカラ入れてます(笑)。



価値というものは時代によって変遷するものです。
私たち日本人が、これまでどのようなモノに対して、
金銭的価値を見いだしてきたか。
自分勝手に振り返ってみたいと思います。

え〜、
これは私見ですので、信じるか信じないかは………
みなさん次第です(笑)。
※文句言わないでね。



第二次世界大戦の敗戦を受けて、日本人の”価値”は崩壊しました。
特に昨日まで敵国だったアメリカの、鬼畜米英の、

”民主主義という価値”が基準になり、
”資本主義という価値観”が、

この日から徐々に日本国内へと広がっていくことになります。

1945年から54年までは、復興期だと言えるかと思います。
51年に勃発した朝鮮戦争を受けて、朝鮮特需が起きました。
これを契機に敗戦のショックと、「どん底から立ち上がろう」
という意識に満ちていたのだと思います。

戦後復興期=日本人としての誇り、日本を復興したいという気持ち
この”日本人としての誇り”が働く、
いや、”生きる”ための価値であり、
お金に等しい価値を有していたのだと思います。



54年から始まる神武景気、なべ底不況、岩戸景気、昭和37年不況。
東京オリンピックによるオリンピック景気、不況を挟んで、いざなぎ景気。
この時期はまさに高度成長期

60年に池田勇人内閣が打ち出した『所得倍増計画』が実行され、
GDPは世界第2位にまで躍進します。

日本の繊維産業をはじめとした各産業が勃興して、海外と戦う準備をはじめ、
アメリカなどに輸出されはじめる時代です。
しかし海外に行った経験のある国民は少なく、白黒テレビを通して知るだけの、
国民にとっては「世界なんてまだ実感のない」時代だったのではないでしょうか。

高度成長期=欧米式生活、憧れ、上昇志向

日本へ大量に入ってきた欧米風の生活様式。
それに憧れ、そんな生活をしたいという欲求が一生懸命に働く原動力になり、
それこそがお金に等しい価値を有していたのだと思います。



71年のブレトン・ウッズ協定はアメリカ・ニクソン大統領による政策です。
固定比率だった金とドル紙幣との兌換を停止したものです。
これによりニクソンショックが発生しました。
同じ時期、日本とはスミソニアン協定が締結されます。
この協定は1ドル=360円だった固定相場が308円に変更されたもの。
さらに73年には変動相場制へと移行していきます。

このことで輸出産業は大きな打撃を受けることとなります。
まさに世界経済と日本経済の繋がりを感じさせる出来事が続いたわけです。
きっと世界基準というもの、そして経済のルールを日本国民が知らされた、
そんな時期なのではないでしょうか。
これらの為替相場のルール変更を受けて、高度成長期は終わりを告げます。

そんななかの72年に発足したのが田中角栄内閣です。
73年には第4次中東戦争を受けて、原油価格が高騰し、オイルショックが起こります。
狂乱物価、そして抑制政策により経済成長率がマイナスに。
75年度から赤字国債が発行されます。これを期に、日本は財政赤字国家へとひた走り始めるのです。

田中角栄が打ち出した『日本列島改造論』は、 都市部に集中していた労働力を地方へと分散して、
両者の格差を埋めるための施策でした。

これにより地方への公共投資が促進され、地方の経済を潤す結果になります。
私はこの施策によって、農業が中心だった地方に、新しい経済文化が生まれた
のだと思います。特に建設業という産業が地方の大きなビジネスになりました。
それが良かったかどうかはわかりません。
しかし、新たな価値を見いださせたことは事実だと思います。


この1970年代、日本企業は世界へどんどんと飛び出した時期。
自動車輸出が活発になり、ハイテク産業が世界を席巻します。
終身雇用という日本的経営手法が世界中のエコノミストから賞賛され、
政治の世界では日米貿易摩擦が発生します。
自信とともに、経済的な豊かさを享受した時期なのではないでしょうか。

1970年代=経済的繁栄、物質的な価値

アメリカのシンボルビルを買収したり、
”JAPAN as NO.1”なんて言われたことで、強すぎる自信を持ち、
物質的な、”モノを持つこと”がお金に等しい価値を得た時代だと思います。



85年のプラザ合意により、「円高ドル安」が促進されます。
急激な円高は、輸出産業が中心の日本に大きなマイナスを与えます。
政府は低金利政策を打ち出し、景気回復、景気拡大に務めます。
これにより不動産バブルが発生。株価は上昇していきます。
土地ころがし、なんて言葉が流行り、不動産や絵画など、動かずして金銭的価値が高まるものへの投資が活発になっていきます。
そしてアジア各国への投資が積極に行われるようになり、
グローバル経済化なんて言われるようになります。
”日本が世界を買う”なんてことも言われました。

田中角栄の意志を受けて、鈴木善幸内閣が提唱した「三公社民営化」など、
第二次臨時行政調査会が提言する「増税なき財政再建」は、行政改革として、
その後の中曽根内閣に引き継がれます。
89年には、日本電信電話公社、日本専売公社、国鉄が民営化。
それぞれ、NTT、日本たばこ産業株式会社(JT)、JRへと姿を変えます。
これによってさらに一般経済は好況となり、バブルを助長したと言われます。
とくに国鉄民営化は多くの土地開発に多大な影響を及ぼしたと言われます。
89年、日本にも消費税が導入されました。

バブル経済=初めて触れる実態のない経済、労働外の価値

実態がない、というと極端ですが、土地や絵画、住宅、建物など、
実労働とは違うナニかに投資を行い利益を得る方法を知った時期。
財テク”なんて言葉がもてはやされたころでもあります。

お金を稼ぐことに、新しい価値を見いだした時代ではないでしょうか。
土地やビル、絵画への投資すること(もしくは知識と言ってもいいかも)が
お金と同じ価値をもった時期と言っていいのだと思います。




89年に、東西冷戦が終結します。
そして91年。

大きくなりすぎた泡は必ず弾けるもので、バブル景気が崩壊します。
未だにその原因には諸説あると言われています。
個人的には、そもそも、この好況自体に実体がないのだから、
弾けるときも、実体なく終わりを迎えたのではないでしょうか。
”景気は気持ち”なんて言われるように、マイナスへの気持ちの流れが、
少しでも生まれたとき、経済は大きくネガティブな方向へ動くのだと思います。

90年代は、経済停滞期やゼロ成長期と呼ばれます。
株価や地価が大幅に下落します。
投資に積極的だった金融機関は、軒並み大きな不良債権を抱えることになりました。

この不良債権処理のために取られた政策が金融ビッグバン政策。
これによる企業倒産が相次ぎます。
97年にはアジア通貨危機が発生して未曾有の金融危機へと発展。
日産生命や山一証券、北海道拓殖銀行が、
そして98年には日本長期信用銀行が破綻してしまいます。
これらを受けて金融機関の合併が進みます。

巨大な不景気の荒波を受けて、リストラが発生し、
世界から憧憬された終身雇用制は崩壊。
現在にも引き継がれるデフレ状態へと突入します。

バブル崩壊=価値の見直し

バブル期を”浮かれていた時代”なんて言う人がいます。
この浮き足立っていたころの、不動産投資という実体のない価値観が
崩壊によって大きく見直されることになったのだと思います。

世界の中心にいる気分から突き落とされ、新しい価値を模索する時代
突入していったのだと思うのです。

この後、俗に”失われた20年”と言われた価値模索の時代に入ります。


2000年代に入ると、BRICs諸国が台頭。
日本の貿易相手国はアメリカから中国へとその軸足を変えていきます。
これによって外需が大幅な伸びを示すようになります。
海外との取引がさらに活発化するとともに、
これまで政策で守ってきた(つもりの)規制を緩和しよう、
そして金融ルールも緩和しようという動きが強まります。
さらにIT技術が普及し、多くのIT企業が生まれるようになりました。

アメリカのドットコム企業を中心にはじまった「ITバブル」が、
日本でも拡大し始めます。
株式投資が中心になりますが、ビジネスという実体があるものへの投資であり、
さらには事業への実需投資も行われ、ビジネスと金融が結びついたことが、
このバブルの醸成に大きく寄与したのだと思います。

この新しいスタイルのビジネスモデルは、日本人の働き方を変えました。 労使関係が見直され、雇用が流動化します。
インセンティブを持っているものが大きく利益を伸ばし、
それに追随するものは持つことができない。
そんな経済格差を生み出したのはこの時期からだと言われています。

ITバブル=実労働ではなく”ビジネス”が価値を生み出す
”働くこと=時間を提供すること””ビジネスすること” が区別化され、ビジネスチャンスにお金が集まります。
ITという、その後のインフラになるビジネスが価値を生み出し、
会社(企業/事業)に対してお金と同等の価値がある
という認識が生まれた時代だと思います。


2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ発生。

これにより、世界中のITバブルは崩壊します。
(もちろん、米の金融政策などほかにも理由はあります)

同時期の01年には小泉内閣による「聖域なき構造改革」開始。
竹中平蔵大臣による金融行政改革、3大メガバンク統合などが進みます。

そして円安を受けて輸出系企業による設備投資などが進むことで、
経済は緩やかに好況となっていきます。
02年には「いざなみ景気」が73ヶ月を迎えます。
しかし、国民レベルでは”実感なき景気回復”というのが正直なところ。

人材派遣業法が改正され、非正規雇用が活発になり、合わせて賃金が低下。
早期退職が促進されたり、高齢労働者の人件費が削減されていきます。

当時、OECD加盟国中一人当たり国内総生産順位は、00年の3位から
06年には18位まで下落していきました。

この時期、まだまだ日本人は価値を模索していた時期なのではないでしょうか。
一時、ITバブルによって新たな価値を見いだしたかに見えましたが、
その崩壊により、ITがお金に換わる価値にまでは熟成されなかったと思います。


2005年に商法が会社法に変更されます。
「企業の透明性」「社会的責任」が声高に求められるようになりました。
堀江貴文氏率いるライブドアによる、
ニッポン放送の株取得、フジテレビジョン買収などの過熱報道は2005年。
同時期に村上世彰氏による「村上ファンド」の動向に注目が集まります。
上場企業はこれまで以上に株主を重視した経営が求められたわけです。

この時期こそが、
ビジネス(実業)と株(投資)とお金
という価値
形成の黎明期だったのでは? と思います。

社会では、契約社員が急増し、多くの企業は派遣社員に頼る経営を行うようになります。
反対にヒルズ族という一気に収益を持つ人たちが誕生しました
時代のキーワードとして”格差社会”なんて言葉が流行りました。

ヒルズ時代(と勝手に)=ビジネス創出、知識階層のビジネスマン化

911以前のITバブル期に定着しそうだったのが、
「ビジネスがお金としての価値を持つという意識」
これを決定的にしたのがこの時期だと思います。
日本だけのことではなく、アメリカを中心に世界の流れだと思いますが、
ビジネスを創出することで新たな価値をつけ、売買(お金に)する。
この現代にも通ずる価値観が生まれたのは、この時期ではないでしょうか。


07年にサブプライムローン問題が発生し、世界金融危機が起こります。
そして、08年のリーマンショック。
これにより、世界的な金融危機は決定的なものとなり、世界同時不況が発生。
日本では「年越し派遣村」がマスコミの注目を集めました。
この状況への経済対策として、
「エコポイント」「エコカー減税」「エコカー補助金」などが施行され、
一部の業界では復活の兆しを見せることとなりました。

しかし、09年に発生する「ドバイショック」「欧州債務危機」
そして「ギリシャ経済危機」
これらにより西欧諸国は経済状況だけでなく、
政治状況も大きな変革の時期を迎えることとなります。
この影響は現在にも引き継がれています。
10年、日本は中国に抜かれて40年間維持してきたGDP2位の座から3位に転落します。


2011年3月11日、東日本大震災発生、福島第一原子力発電所事故発生。




08年のリーマンショック、09年の欧州債務危機、そして11年の東日本大震災。

ここにきて、また日本人の価値観は大きく揺らいだのではないでしょうか。
特に震災に直面した人たちは、それまで正しいと信じてきた価値が、
崩壊していくのを感じたと思います。


震災後=信頼

それまでは
「合理的であるビジネス、ビジネスモデルに対して価値」
を見いだし、お金が集中してきた時期だった思います。
しかし、今、勃興しているビジネスの多くは
「人が求めているか否か」
が、その根底にあるような気がします。
そしてそのビジネスに求められるのは

”信頼”

なのではないでしょうか。

Googleが検索アルゴリズムを「充実したコンテンツ」と定義するのは、
そこに掲載されている情報が信頼できるかどうか、ということなのではないか、
そのように感じているのです。

人間という生き物の知識が増え、同時に発信・受信する情報が爆発的に増大し、
技術進化は歴史上、もっとも加速度的に高まり、何もかもが飽和状態の今。
人間にしかできない(今のところ)、人間にしかない(今のところ)ものは、
この信頼なのではないか、と。

今の時代、ビジネスにおいてお金と同等の価値を見いだすものは「信頼」である。

私は現代の価値をそのように定義付けたいと思っています。

戦後から現代まで、超駆け足で振り返ってみました。
私が勝手に解釈していることなので、もしかしたら間違っているかもしれません。

ただ歴史的事実は、事実です。
今の時代を見極めるとき、この”流れ”を知ることはとても重要だと思います。

形は変えても、歴史は繰り返す。
不思議なもので、方法やきっかけは変わっても、
一般社会レベルでは大きなパラダイムで同じことが繰り返される。
そのように感じています。

美容室業界は、これから大きな変革の時代に突入すると思います。

そのとき、若い人たちはぜひ、過去の”動き”を振り返ってみて、
どこに価値があるのか見極めて頂きたいと思うのです。

すんごい長文になって、すいませんでした(笑)。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


株式会社パイプドビッツ
美歴カンパニー
美容師名鑑編集部/Bireki Magazine編集部
兼任編集長・石渡武臣